
良く聴くPodcastのひとつ、コラムニストのジェーン・スーさんと雑談の人である桜林直子さん(サクちゃん)が繰り広げる『となりの雑談』。
先日のテーマ「大人の地元再構築旅」で語られていた、「東京人は東京に愛着があるのか」が興味深かった。
東京は3区しかない、という新説
今年もお盆の時期になると、東京から人がいなくなった。
スーパーも空く、電車は全部ガラガラ。
東京出身の二人の女史はこの時に気付くらしい。「あ、本当はこの人口密度なんだ」ってことを。
続けて、どんどん移り変わる東京を嘆き始める。
「愛着の持ち方が難しい。」
「愛着が持ちづらい場所ではあるよね、どんどん変えられちゃうから。」
そしてその先に、「東京3区説」というのがあることを説く。
「自分の住んでいるところと、その前後くらいしか「東京」として認識していないの。」
う〜ん、そうなのか。
僕が18歳で上京した時は、いっぱしに『東京人』になったつもりでいたが、東京生まれの人に会うと、やはり気後れするような感じになったものだ。本当の標準語って、地方出身者の矯正された発音とは根本的に違うんだよ。
そんな人たちでも、東京には愛着が持てないものなのだろうか。
田舎者が忘れられない、東京の3つの街
東京には7年しか住んでいないが、長く通ってはいたし、東京での仕事も多かった。
つまり、今までの人生の大半は東京と関わりがあったのだ。
だから、東京生まれでもない僕にとっては、別の意味での3区がある。
「区」というよりも、むしろ「街」といったほうがいいが。
東京のその街で、何を見て、どう暮らしていたのか?
① 練馬区桜台 辛い生活を感じさせなかった街
上京後、3度目の引越し後に住んだのがこの街だった。
住んでいなかったら一生知らないと思えるような、本当に地味な場所。
西武池袋線の池袋駅からわずか10分程度で桜台駅に着く。
今は高架になっているらしいが、40年以上前に僕が暮らしていた頃は、踏切もある地上駅だった。野口五郎の『私鉄沿線』の世界。(知らないよね)
貧乏学生で就職もなかなかできず、とにかく金がなかった。
4畳半アパートのすぐ近くに銭湯があったにも関わらず、週に一度の入浴で我慢をしていた。
毎朝アルバイト先の編集会社に向かう西武線の中で、いつも乗っていた女性に恋をした。何度も話しかけようと思ったができなかった。
その頃の体臭を考えれば、それで良かったのかもしれない。
翌年の春、そのバイト先にそのままスライド入社をすることになった。
臭くても採用してもらえたみたいだ。
桜台、何もなかった街。ごく普通の東京の街。
この街は、そんな生活をしていた頃の僕を良く知っている。
② 港区北青山 東京人になれたような錯覚の街
スーパー紀ノ国屋があった国道246号線と骨董通りが交わる交差点にそのビルはある。何社目かに転職したデザイン事務所がその中にあった。
渋谷も表参道もすぐ近く。街を歩く人たちのスタイルもどこか違う。芸能人ともよく出会った。
これがおしゃれな街、青山。働き始めたときはそう思ったものだ。
とにかく青山なんだから、恥ずかしい格好だけはしたくなかった。
青山のブティックで買えるほどの給料をもらっていなかったので、新宿伊勢丹のメンズ売り場で吊るしのDCブランドのジャケットを買った。
それを着て青山通りを闊歩していた自分が、ショーウィンドウのガラスに映ったのを見た時、「誰だこいつは?」と思ってしまった。
会社のボスはさっそうとして見えるのに、なぜだ。
10年もこの街で生きていると違うのかもしれない。
ローンで買ったそのジャケットが、急に恥ずかしくなった。
まあ、でも人間、慣れるものだ。
1年も経った頃には、普通の街にしか見えなくなり、歩いている人の半分くらいはダサいと思うようになっていた。
そこからは、背伸びをしなくなった。
結局、その街には3年間通った。
③ 豊島区東池袋 仕事も自分も迷宮入りした街
会社員を辞めた。
そして、池袋サンシャイン60ビルの真横にある古いビルの一室に、初めて自分の仕事場を持った。
意気揚々と営業を始めたが、そんなにうまくはいかない。
朝から一日中歩き回り、乏しい成果に溜息をつく日々が続いた。
サンシャインビルに灯る明かりが虚しかった。
独立などしなければよかった、と何度も後悔した。
気晴らしに、事務所の一本裏の路地に入ってみた。
都電の線路沿いを雑司ヶ谷墓地を通り、鬼子母神まで。
そこには、わけのわからない道が入り組んだ迷宮があった。
気晴らしにはなった。けれどもそれだけだった。
街どころか仕事も迷宮入りしている。
まあいいか。それでも良かった。
歩いている間は、仕事のことを忘れられていたのだから。
その街も再開発され、昔の面影が消えてしまったらしい。
東京に愛着があるのかと聞かれたら、たぶんない。
でも、この3つの街にだけはある。
考えてみれば、僕が好きなのは街そのものではなく、そこにいた頃の自分なのかもしれない。
