
カード会社のポイント交換で手に入れたオムロンの体組成計で計測を始めてから、おそらく20年以上は経つと思う。測る自分も測ってくれるオムロンも、少しくたびれて来てはいるものの、まだまだ現役だ。
アイキャッチ画像は、最新の「体年齢」を表示したもの。
体年齢はここ10年ほど、ほぼ「48歳」で止まっている。
実年齢と体年齢
45歳のときに計測した体年齢は、驚くべきことに58歳だった。
それからいろいろあって…、歩き始めた。
今は、実年齢65歳超なのに体年齢は48歳。大っぴらには言わないが、これは密かな自慢でもある、フフ。
体組成計はいろいろな身体データを測ってくれる。そのデータを元にして「体年齢」が決定される。「体年齢」という数字そのものに、医学的な意味があるのかどうかはわからない。ただ、自分の身体の変化を知る目安としては面白い。
家人は、そんなデータを自分で把握するのが怖い(自己嫌悪に陥る)らしく、体重計としてしか使っていないようだ。なんとも、もったいない!
自分のカラダを意識し始めたのは
多少の運動経験はあった。でも、健康のために運動するという意識はなかった。
40歳を前にして会社を辞め、独立した。その後、仕事量が格段に増え、デスクワークの時間が長くなり、食事も不規則になり始めた。体重も増えていたと思う。
定期的な健康診断など真面目に受けずにやり過ごし、何年ぶりかに検診を受けた。ひどい数値であった。
医者から言われたのは、何はなくても運動をしろ、そして食事のことであった。
他人からはそうは見えないらしいが、僕はどちらかといえば小心者なのだ。健康について急に怖くなり、歩くことから始めた。タバコは吸っていなかったが、それまでの飲酒はセーブし(決して止めはしないのだが)、食事も糖質や塩分を抑えるようにした。
この体組成計を使い始めたのは、ちょうどその後のことだった。
最初の変化は乏しい
一度たるんでしまったカラダは、そう簡単に戻らない。これはダイエットでもよくあることだろうけれど、僕の場合は目的が痩せることではない。もちろん体重もある程度の適正範囲に持っていかなければならなかったが、大事なのはもっと内側の問題。
まず一年間、時間があれば歩いてみた。
自宅から隣の駅まで30分歩いたり、電車は必ず立ち、駅ではあえて階段を使ったりと。
仕事場での昼食後も30分歩く。
土日は近所の遊歩道を2時間くらい歩く。
すぐには数字に表れない。それでも続けた。振り返れば、我ながらこの時期はしつこかった。
白状すると、ジムにも通ったが、仕事との絡みや時間的にも面倒だったので途中で挫折した。今なら『チョコザップ』みたいなところがあったのにね。
そのうちに少しずつ、歩くことによる効果も現れた。足に筋肉がついてきたことだ。太ももやふくらはぎに筋肉がつき、股関節も少しずつ柔らかくなってきたように感じた。
5年ほど続けて体年齢は2〜3歳くらい若返った程度だった。変化した数字は小さい。それでも実年齢が進んでいることを考えれば、精神的には大きな進歩だった。
続けていれば、何かが変わる
遠く感じていた道のりが、ゆっくりと近づいてきたような気がした。
時には調子に乗って、ジョギングのまねごともしてみる。歩くから走るへ。そんなことも可能になっていた。
歩きからジョギングを始めるようになってしばらくしてから、東京マラソンに出場した。56歳になっていた。最初の一歩から始まったカラダづくりは、完走という形で結果を出せた。
続けるということはこういうことなのか。その頃は、もう体年齢のことなど気にならなくなっていた。不思議だ。
なんだか、プロジェクトX みたいな語り口になってきたので、元に戻そう。
その後も何度かマラソンに参加していたけれど、コロナ禍を機に止めてしまった。ただ「歩く」ことだけは飽きもせずに続けている。なんといっても、健康への意識の始まりだったのだから。
僕の場合は今、ほぼ毎日50分前後歩いている。
そして結果は目に見えるものとなっている。
僕にとっては体年齢よりも、毎日歩けるカラダであることのほうが大事なのだ。
寿命よりも健康寿命にこだわる
今後、こんなふうに歩くことができなくなったとしたら、自分の健康が半ば失われ始める時期なのだろう。それが僕にとっての健康寿命のバロメーターだと思っている。
人が命を終える時を寿命というのであれば、それが早いか遅いかは運命次第。ただ、人にできるだけ迷惑をかけずに過ごせる健康寿命にだけはこだわって生きていたい。
本当はこのブログタイトル、「中高年でも」ではなく「老年でも」としようとした。でも、はっと気付いた。老年からでは遅いのかもしれないと。
周りの同世代の方たちを見渡すと、すでに膝や腰の調子が悪くなっている人が少なくない。無理をして歩くと逆効果になってしまう場合もあるだろう。
くれぐれもご自愛を。

人間は、考える『足』でもある
ここ数年は、歩くことが日常の中心である。 依存症はいやだが、歩かない日はカラダが澱んでいる気がしてならない。 頭もスッキリしない。 『脳を鍛えるには運動しかない!』というロングセラー本がある。 そこでは、脳のパフォーマンスを最大限に引き出すには...
